酔っ払い加賀美と
その世話をする夢追の話
※社長の嘔吐あり(寧ろメイン)
※サイコパスお/袖注意
※夢追→社長への重めの感情あり(BLではない)
※何でも許せる人向け
※フィクションです。二次創作です
問題無いので続きを読む
クソみたいな世界の中で、あの日夢見た場所に少しは近付けただろうか。
年末の街、週末の夜は普段以上に眩くて、何処かから流れて来るクリスマスソングが耳に付く。その中でたった1人で信号待ちをしている男にとって北風は酷く冷たかった。空は快晴だが星なんてひとつも見えず、月はどれかのビルの陰に沈んでいる。雪の気配などさっぱり無く、放射冷却だけが底冷えを加速させていた。
これがあって良かった、と色白で細身の男——夢追翔はまだ新しいダウンジャケットのファスナーを襟元ぎりぎりまで上げ直しながら思った。
袖無しがトレードマークとは言え、幾ら何でもこの時期は寒過ぎるだろうからと半ば勝手に押し付けられた物だった。随分高級そうな作りであるのは見ただけで分かったし、触れた瞬間何だこれはと思わず問うてしまった。自分も詳しくないとはぐらかされつつ渡されて以後、勿体無くて使えずにいたが久々の都会での打ち合わせだ。それも恙無く終了し、あとは帰路に着くのみ。流れる車を漫然と眺めながら、改めて礼を言わねばと考える。
誰に? こんな金の掛かることを身勝手にやる者など同僚の中で1人しか居ない。
「…………ハヤト?」
その矢先、件の人物の名を小さく呟いたのは車道を挟んで対岸、停まったタクシーに何度も頭を下げる影を見付けたからだ。
恐らく時間的に見ても接待上がりだろう、何を言っているのかまでは聞こえないが遠目でも分かる良い笑顔で応答しているところから察するに結果は上々だったようだ。
加賀美インダストリアル代表取締役・加賀美ハヤトがあれだけ低姿勢になるということは、車中の相手も相当の重役か。その風景自体はこの時期何度でも見る会社員達の処世術である。企業のトップであろうとも上下関係というものはあり——それどころかその規模と責任は並みのサラリーマンよる遥かに大きいだろう——、それを良好に保つ手段は書類のやり取りだけではない。そういう意味でも彼はやり手と言えるのだろう。
やがて何事も無く発車したタクシーが横断歩道を通過した直後に歩行者側の信号が変わる。こちらには気付かず踵を返して歩んで行く加賀美を追い掛けて夢追は早歩きで近付いた。
途中まで帰路が同じだから世間話でもしようと思ったのだが、様子がおかしい、と気付いたのは比較的すぐだった。不自然に揺れるトレンチコートを着込んだ背中に、投げようとしていた声を途中で飲み込んで更に足を早める。
周囲には通行人もそれなりに居るが誰も気にしないばかりか、逆に遠巻きにしていく辺りはコンクリートジャングルらしい厳しさとも言えよう。逆の立場ならきっと自分もそうするし、何なら彼もそうして欲しかったかもしれないが。
そうこうする間に所謂千鳥足の最初の数歩、道の端へと大きく逸れながら傾いだその身を咄嗟に抱き止めた。
「……っ、すみませ……——夢追さん?!」
「やっほーハヤト。こんな所で会うなんて超ぐうぜーん!」
後ろから来る誰かにぶつかったと思ったのだろう、まず謝罪から入った加賀美の眼が夢追の顔を捉えて見開かれる。
二の腕と背中に触れた両手に一瞬掛かった重さは、夢追が間に合っていなかったら転ぶか壁にぶつかっていたという衰弱と、その直後に体勢を立て直した理性を伝えて来る。
これまた質の良いマフラーから覗く顔色は街灯や道に面した店舗の明かりのお陰で妙に赤いとすぐ分かった。少々遅れて種類は断定出来ないがアルコールの香りが明確過ぎる程漂って来る。
その状態に少しだけ動揺するが、不必要な恐縮は与えないよう向ける言葉は白々しい程明るくしておいた。しかし逆効果だったか、加賀美の眉はあっという間に八の字に寄せて下がる。
「そう……ですね、夢追さんは、収録とかですか……?」
「ううん、打ち合わせだけ。ハヤトは接待とか? もう今日は終わり?」
「ええ、はい……」
夢追とは対照的に返答はどうにも歯切れが悪く、分かりやす過ぎる程露骨に眼を逸らしていた。支えとなる夢追の手をやんわりと外そうとするが、その声音に普段の気丈さや覇気は全く無い。そればかりか言葉が崩れない範囲で舌が回り切ってないことも夢追の耳では聞き取れてしまった。
これはどう追及したものかとコンマ数秒だけ考えて、煩くないよう少し声のトーンを落として質問を連ねていく。
「……もしかしなくても、滅茶苦茶酔ってる?」
「いえ全然……全然、平気——……」
です、と言い終わる前に今度は反対側に身体が傾いでいって、慌ててしがみつくように止める。すみません、と漏らした一言はあまりにか細く、夢追の中で何かが疼いた。
自分から助けを求めないのは意地を張っているのか、迷惑を掛けたくないという大人の振る舞いを試みたか。気持ちは分からないでもないが、ここで見放したら駅のホームに辿り着くかタクシーを捕まえる前に倒れそうな空気を感じる。恐らく本人もそれは理解しているだろうが身体がついて来ないのか、片手で顔を覆いつつ短く早い呼吸を繰り返していた。
「……よし。ハヤト、行くよ」
「はい?」
どうせ何を言っても断られるだろうから詳細は省き、代わりに彼の腕を肩に回して転倒は避ける。引き摺ってまで運べる筋力は無いから移動は彼の足が頼りなのだが、もう少しだけ保って欲しい。
夜道の先、1ブロック向こう側にビジネスホテルの看板が光っていた。
ビールグラス4杯。ハイボール3杯以上詳細不明。日本酒4人で2升。ワイン少なくとも3本。ウイスキーのロックが4杯、その他梅酒だの何だの数種。止めにテキーラ3ショット。
移動の最中にアルコールの摂取量を何気無く確認した夢追は、それを聞いているだけで目眩を起こしそうになった。自分だったら最初の数手で落ちていただろう。
加賀美は酒に強い。それは立派なアドバンテージであると社会人経験もある夢追も知っている。ましてや代表取締役という立場、28歳という若さを活かす上で杯の勧めを断らずにいられるというのは才能とも言えよう。年配ばかりの各社の上役相手に可愛くて健気な若者と思わせる為の行動はもう板に付いていて、だからどんな店にもついて行くし、業界に長年救う飲兵衛な化け狸にも可能な限り食らい付いたのだろう。耐えられるギリギリのキャパシティを見極めながら。
これでも見送りまでは気を張っていたんですよ、という自嘲めいた一言を夢追は茶化さない。チャンポンの影響か昼夜を問わないライバー活動で知らず知らずに疲労が溜まっていたか、1人になって緊張の糸が緩んだ瞬間に急速に酔いが回り、そこに夢追が出くわしたというのが顛末ならば出会ったのが己で良かったと心底思う。別の誰かなら加賀美は無理をしてでも自己を保ち、結果的に状態が悪化していただろうという自負があった。
そう、普段の彼ならば何とか立て直しそうなものだが、肩に掛かる体重は徐々にではあるが増している。足取りも怪しく呼吸が乱れつつあるのを感じながら、夢追は彼の気を紛らわせようとなるべく明るい声音でどうでもいい話を紡ぎ続ける。
片や完璧にスーツを着込んだエリートと、片やブランド物とは言えカジュアル寄りなジャケットを纏ったフリーター。ホテルまで数十mの距離だというのに若干異質な雰囲気の2人に、相変わらずすれ違う人々が一瞥を向けるが酔っ払いに関与したくはないのか皆足早に通り過ぎて行った。
「……ほら、もうすぐ着くから頑張って」
都会のビジネスホテルはこんな事態にも慣れているらしい。何を咎められるでもなく手早く宿泊の手続きを終えて鍵を受け取り部屋に向かうが、隣が着実に危険な状況になりつつあるのは察知していた。
先程までは辛うじて返って来ていた相槌も消え口数は完全にゼロになり、片手で口元を押さえながらきつく眉根を寄せている。現状ではエレベーターの揺れでさえも辛いのだろう、呼吸が短く早くなっているのが担ぐ肩や腕から伝わっていた。それでいて俯いたまま眼を閉ざしている横顔も絵になるのだから狡い。
「……?」
「い、いやごめん」
つい至近距離で見詰めてしまっていたが、加賀美が気怠げに瞼を持ち上げると慌てて視線を外した。何故夢追の方の心拍が早まるのかは分からない。謝るよりも言うべき言葉があったかもしれないが何も思い付かなくて、代わりに絶対に見放すものかと手足に力を込め直す。
もう支えが無ければ立ててすらいないだろうが、安息の地まであと僅かであるのは彼も分かっていると思いたかった。多分向こうも今頃胸中は大荒れなのだろうなと思いながら最後の廊下を進み切って、カードキーを差し込んで部屋の扉を開く。
直後、無言で押し退けられる。恐らく最後の力を振り絞ったのだろうが、そのあまりの弱さに夢追の反応は遅れた。数歩先、バスルームに飛び込んだ加賀美が崩れ落ちるのを呆然と見遣るしかない。その過程で乱暴に外して投げ捨てられたマフラーが両者の間の床にのたくって落ちていた。
「……ハ、」
「……う、ぇぇ゛っ……! ぁ゛、ゔっ……!」
狭い個室に響いた苦しげな声とビチャビチャと激しく落ちる重い水音。想定はしていたがこんなにも切羽詰まっていたのかという驚きと、想像以上に小さく丸まって震える背中に双眸を見開いた夢追は、発声の為に吸った息を飲み込む数秒を置いてからゆっくりとそちらに歩み寄った。
電灯と換気扇のスイッチを入れれば便器を抱え込んだ加賀美の姿がはっきりと浮かび上がり、酸とアルコールの混じった匂いが鼻を突いて一瞬夢追も嗚咽しそうになるが何とか抑え込む。マフラーを拾い上げて洗面台の端に置いてから彼の横へとしゃがみ込んだ。
吐瀉物がかなりの量であることは白い陶器の中身を眺めるまでもなく分かっていた。長時間の会合で食べる量も多かったのだろう。呼吸すらままならない頻度で加賀美の肩が跳ね、合間に混じる咳もただただ傷ましい。便器の縁を掴む指先は力を込め過ぎているのか青白くなっていた。
「は、ゲホッ、ぅえ゛ッ、ぁ、ぐ、おぇぇッ……!」
「……ハヤト」
夢追はそっとコートを着たままの背中に手を触れる。その瞬間に身が震えたのは嘔吐の所為ではなかっただろうが気にせずに上下に撫でてやった。
その名を呼ぶ声音は酷く優しい。わざとではない、本当に憐憫の気持ちを抱いていた。彼は自分の限界を見極められる人物で、けれど何らかの不可抗力か読み違いでもあって、こうして不本意な展開を迎えているのだろう。故に責める気は無い、寧ろ此処までよく耐え切ったと褒めるべきだし、可哀想にと抱いた感情も間違ってはいない筈だ。もう無理をする必要は無いのだと、名前と共に大丈夫だと何度も静かに語り掛ける。
「…………」
だが。夢追の声や手につられてか、ようやく波が落ち着いて来たタイミングで加賀美が少しだけ顔を持ち上げてこちらを見た瞬間直感した。
いけない。夢追の全身の血が一瞬で冷え、直後に燃え上がる。
加賀美はまだ何も気付いていない。疲弊しきった表情の中、眦からは生理的に溢れたのだろう涙が筋を描いている。瞳にいつもの強さは無くただ虚ろに小さく揺れていた。汚れた唇は何か言いたそうに薄く開かれるも、短く早い息しか出て来ない。結局はすぐに俯き直すと苦しげな咳と共に胃液と唾液を吐き出した。
あの加賀美ハヤトが弱っている。同性で年齢もひとつしか変わらないのに夢追翔が持たない多くのモノを持つ男が、己をあっと言う間に追い抜かした可愛くて憎たらしい後輩が、掛け替えの無い友人が今目の前で醜態を晒している。彼がこんなにも憔悴したところを初めて見た。まずここまで深酒をした姿に見覚えが無いし、体調管理には一家言を持っているし、そうでなくとも大抵は気丈に振る舞っている分その落差はあまりに大きい。
夢追は背筋がゾクゾクと震えるのを止められなかった。いけないと理解してはいる。加賀美の心情的にも人間関係的にも社会的にも、今、まさにこの瞬間に発作的に浮かんでしまった欲は絶対に露呈させてはならない。ネタとして幾らでも玩具にされても構わないし相手も面白ければ肯定するだろうが、本当の一線を超える訳にはいかない。
だが最後の引き金は、彼自身により引かれてしまった。
「……ゆめおい、さん……ごめん、なさい……」
声量お化けと称されるような面影は何処にも残っていない、か細く掠れた声だった。今日出会った直後に聞いた物よりももっとずっと力の無い、換気扇の音にすら紛れてしまいそうな声量。実際に一部は聞き取れないながらも時折咽せつつ何度も何度も謝罪を続けている。
なんて誠実で健気で可愛らしいのだろう。身体の具合は最悪に近いだろうに、まだ他者への配慮が出来るらしい。
幾分か余裕は出来たらしいが、横隔膜の辺りを両腕で覆いながら加賀美はまだ嘔吐いている。だが上手く出せないのか、小さな呻きを重ねるばかりで苦悶の表情がずっと続いていた。
助けてあげなくては。溺れた小動物が最後まで生に縋って足掻くかのように乱れ切ったその呼吸を前にして、夢追は反射的にそう思った。脳裏で警鐘を鳴らしていた罪悪感や背徳感は全て消え、貯水槽のレバーを捻って一度水を流した後、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「……いいんだよハヤト。苦しいよね、早く楽にしてあげる」
「ぇ……——ッ?!」
困惑する加賀美の顔に手を伸ばすと、顎を掴みながら人差し指と中指をその口内へと突き込んだ。当然抵抗しようとするも暴れる体力が無いことは分かっているし、この男ならこちらの手を意図して噛むことも無いと思っていた。
粘液塗れの口内は酷く熱く、舌が波打っているのは何か言おうとしているのだろうか。濡れた双眸が戸惑ったように夢追を見返しているが手に込める力は緩めない。嫌だとでも言いたげに小さく首を横に振ったようだったが気付かないふりをした。
「っ、ぐぅッ……! う、ぁ、がぁ゛っ……!」
「大丈夫? 我慢なんてしなくていいからね」
この口から、この喉からあの惚れ惚れする声が出て来るのだと思うと、指の動きは当初の目的から少々外れる。舌の付け根辺りを触れられれば嘔吐反射が発生するのは当然だが、それよりもっと奥に触れられないかと指を伸ばす。
このまま彼の喉を貫いたら、爪で傷付けたらどうなるのだろう。どす黒い想像は所詮想像に過ぎない。指や爪が特別長い訳でもないし、実際にそんなことをしたら内外への影響は避けられまい。ただそれが出来る状況にあるのだというだけで異様な興奮が身を包んでいた。この苦しげな声や表情を作り出しているのは自分で、彼の処遇はこの手の中にある。
「ゔ、ふぅっ……おぇ゛ぇぇっ! ゲホッゴホッ、あ゛、うえ゛っ……!」
「そうそう、上手上手。全部出したら楽になるから」
引き剥がしたいのか単に支えにしたいのか、加賀美の右手が夢追の手首を掴む。だがそれ以上の動きは出来ず、指に導かれるまま残っていた胃の内容物を吐き戻した。口内に残った指先が生温かい液体に塗れるが気にすることは無く刺激を続ける。
何度も全身が跳ね、濁った悲鳴じみた声がいよいよ隠されなくなっていく。ポロポロと零れ落ちる涙には心情を原因にしたものも含まれていたかもしれない。散々醜態を見せたばかりか、嘔吐の介助までされたら意地もプライドも消し飛ぶに決まっている。
なんて可哀想で可愛いのだろう。汚い水音をさせるその姿を眺めながら夢追は満足気に笑ったままでいた。
戻す物が次第に減り、パシャパシャと液体だけが落ちるようになって暫くも指を突き込み続ける。身体は吐こうとするのに出す物が無いのは相当消耗が激しいらしく、合間の嗚咽の声も次第に弱まりつつあった。
そろそろ潮時かと名残惜しみながらもようやく指を抜けば、指の付け根の辺りに歯が当たっていたらしく赤らんでいる。これが続けば吐き胼胝という物になるのだろうかとすぐ洗いもせずに漫然と考えていると、ガンッと傍から重い音がして我に返った。
「ハヤト?!」
「……は、ぁ……ごめん……なさい……」
もう上体すら支えられなくなったか、隣にあるユニットバスのバスタブに加賀美はしなだれかかっている。その折に頭か肩でもぶつけたのだろうが視線は先程以上に虚ろだ。その謝罪が何に向けられたものなのかさえ定かではない。
そのまま眼を閉ざしてしまう加賀美を前に夢追の血の気が再度引く。何をした、やり過ぎた、早くどうにかしろと幾つもの意識が並列で混乱を来たす。急性アルコール中毒は場合によっては救急車案件だと前線に復帰した危機感が叫んでいた。
「ごめんハヤトっ、まだ寝ないで! えーと、口濯いで水飲んで! それからベッド行ってから寝て! てゆうかホントに眠いだけでいい?! 病院とか行かなくて平気?!」
本当に意識を失われたら引き摺って行けるか定かではない。今更ながらに素早く手を洗ってコップに水を注ぎ、再度便器の前に顔を出させて水を口に運ぶ。
意識が朦朧としていても夢追の補助により何とか言う通りの行動を遂行して小さく頷く。とりあえず寝台に運ぼうと再度肩に担いだその身は来る時よりも遥かに重かった。こんなことならやはりもっとちゃんと筋トレしておくべきだったと今更後悔しながらも何とか洗面所を出る。
コートとジャケットを剥がしてからシングルベッドの片方に長身を横たわらせ、マットレスの端に腰掛けながらネクタイを解いてその下のシャツの襟元も緩める。眼を閉ざしたその表情も呼吸も落ち着いており、幸いにも重度ではないらしい。少なくとも通報沙汰にはならなくて済んだようだ。
だが普段は見ないネクタイをくるくると丸めてサイドテーブルに置きながら、ここまで気合を入れた上で限界を越えてしまったということは、やはりそれだけ今夜の会合は重要なものなのだろうと推測する。対する夢追はもうネクタイの締め方などうろ覚えだ。
あまりにも人間としての差異が大き過ぎるくせに、何故近くに居るんだか。巡り合わせの妙は最初から感じていたが、こんな関係になるとは思っていなかった。
先程の行動を加賀美はどう評価するのだろう。もう既に眠りの姿勢に入っている相手を無理矢理起こして質問出来る筈も無く、脈拍を確かめるふりをしてただその喉元に指を這わせた。
先程も似たようなことを思ったが、此処を握り締めて、喉仏を潰して、生に執着する吐息を聞きたいと幾度思ったことだろう。鼓動は速いものの、触れられていることに気付いていないかのように瞑目した加賀美の吐息は穏やかだ。隙だらけで疲弊しきっている今、行動を起こせば成功してしまうかもしれない。
だがそれと同じぐらい彼には世話になっていて、彼が居なければ今の自分は居ない。もっとずっと遠い場所で燻り続けていたかもしれない。やりたいことをやればいいと突き進むその姿はいつだって眩しくて時折何も見えないと思わせられるが、同時に勇気も与えてくれる。
だから今は指を離した。いつかそうする必要も無いぐらいの高みに昇ってから処遇は考えることにしよう。きっとその時も彼は隣に居るだろうから。
「——おやすみ、ハヤト」
小さな呟きだけを残して、きちんとその身に布団を掛けてやってから、夢追は隣のベッドに潜り込んだ。
これはきっと酒の見せた幻、泡沫の悪夢に連なる気紛れ。引き摺ってはいけない、持ち出してはいけない、そう心に決めて眼を閉ざす。
きっと明日の朝には全て元通りになっているだろうから、何も気にする必要など無い。そう信じていた。
「本っっっ当に申し訳ありませんでした……!」
「いやいやもういいってば」
翌朝、目覚めた矢先に待っていたのは加賀美からの全身全霊の謝罪だった。ベッドの上でスーツで土下座している姿は大分シュールでもあるが、二日酔いも無さそうですっかり平常通りの様子だ。
夢追としては忘れている方に期待をしたのだが、最後の最後まで全て記憶に残っているらしい。これは距離を置かれるかと身構えてはいたのだが反応は随分異なる。
「あの、アレのお陰で本当にかなり楽になりまして、ただお礼を言う前に眠気の方が勝ってしまい……」
「ああそうだったんだ」
「ただ、その……汚してしまいましたし……噛んだり、しませんでしたか……?」
切な気に眉を寄せつつ首を傾げる動きは無意識なものなのだろうが、あざといと心中のリスナーが無慈悲な評価を下す。
ただ本人にとってはこれが本心なのだ。相手の心情などいざ知らず、善意でやってくれたと思い込んで、自分が他に被害を与えていないか確認し、もし与えていたなら詫びる気満々。
それが分かっているから、夢追は首を横に振った。
「大丈夫、何にも無いよ。それに俺がやりたくてやったんだから気にしないで」
「ありがとうございます……このお礼はいつか必ず……!」
「何してくれんの?」
「何でもいいですよ、私の叶えられる範疇なら」
分かりやすくぱぁっと明るくなったその顔に向けて何か言いたかったけれど、黒い靄はその姿を確認する前に消えてしまった。
故に少し考えてからいつもの明朗な声音で告げる。
「じゃあやっぱりお肉かな!」
「分かりました、ご用意しましょう」
「他の連中には秘密な、絶対何か言われるから」
「ええ勿論。……夢追さんも、昨日の私については他言無用ということで」
「えーどうしようかなー?」
「夢追さん?!」
どうせ周囲に告げ口したところで可愛いだの苦労してるだのといった評価になるのだろうが、男のプライドというのは重要だ。社長という立場なら特にハッタリが必要な時もあろう。
だから愕然とした顔に向けて当然冗談だと茶化せば、やめてくださいよなんて言いながら加賀美もまた笑顔を浮かべる。大体予想通り、お約束の流れだ。
案の定、何も変わらない。こうやって笑い合う日々はこれからも続くのだろうし、続くようにせねばなるまい。なるようにしかならないが、なせばなるとも言う。
幾度の深い夜を越えて尚夢を追うならば、時に友人の形をした障害物も自分の姿をした敵対者も在ろう。天国のように安らかで地獄のように厳しい世の中、それでも息をしながら辿る一歩の延長線上で望みは叶うと信じている。
「……そうそう夢追さん、この前の曲の件ですが」
「あああれね、どうなった?」
——その過程に於いて、先輩に向けて細まる茶色の双眸が全てを悟っているというのは何の意味も持たない故に、今は語られることは無い。
後書き:主にゆめおへの感想文(一部BLな話題含む)
※以降は執筆当時に書いた文章です。
2020年6月末のゆめおの炎上(過去に出会い系サイトにおいてサクラ行為をしていたことの暴露とそれに伴う謹慎、その後の行動)により筆者の心情が変化しています。
現状でのゆめおへのスタンスならびに社長への感情論は「こちら」をご覧ください。
こちらは「当時はこのように思っていたんだな」と振り返る為の資料として記述を残しています。その旨ご了承頂ければ幸いです。
(以上 2021/01/18追記)
公式が最大手。少なくともゆめおはそう。
そんなことを思いながらも書いた話でございました。
社長の酔っ払った話は前々から書きたいと思ってて、だったらお相手はゆめおがいいなって考えていたんですね。社さんは前書いたから。
で、「社長が取引先に飲まされまくって潰れたところをゆめおに助けてもらう」って部分は決まっていたんですが、そこから何も思い付かない。
ホテルに連れ込んで社長をベッドに寝かせた後、ベーコンレタスする(隠語)か首を絞めるしか思い付かなかったんですよウチのゆめお。本当申し訳無いんですけど。出来れば正当な方のFAタグ使いたかったなって思っていたんですよ。ゆめおさんよく見てくれてるみたいだし。
しかしその間に秘密のオフコラボのストロングゼロの一件が発生。「お? お前らまさか間接キスか? お?」「いや何だかんだ言ってマジで飲むのか社長」「最初のすき焼きコラボの時はお酒飲まずにいたのに、言い訳しながらだけど飲む辺り慣れたんだねぇ」とまぁ社長視点で萌えていました。この時はまだ。
その後も大分放置して、先日のるじゅえオフコラボオンラインライブ。良かったですねぇ、これは本当に良かった。
特に『ロメオ』で「えらんで」って2人に同時に言われた瞬間、社長に引き寄せられつつもゆめおにナイスファイト!って親指立てました。潜在株主なので選択は覆らないものの、ゆめお良い人だなー、みどりさんも可愛いなーとハッピーになってました。
で、問題の某プレゼン。ていうか何だ嘔吐プレゼンって。
見てない人は今すぐ見て来てください。ゆめおパートだけでもいいです。これからちょっとネタバレします。
もうね、公式が最大手。比喩じゃない。受注生産ですらない。推しが理想の推しを作りやがった、みたいな感じ。
同僚が動揺するぐらい質感がやべぇ。シナリオもやべぇしゆめおの声もやべぇ。最後の発声練習からの掠れ声混じりの自己紹介半端ねぇ。
前に私が書いた話を読んでる人はご存知だと思いますが、嘔吐は私も割と性癖でして、推しにさせたいネタのひとつです。これをとりあげてくれた健屋さんはめっちゃありがたいし、今回の企画からして大分私得だったんですが、ゆめお本人が演じると思わなかった(というかプレゼンっていうからこの前のおもちゃコンペみたいな形式だと思ってた)ので不意打ちが過ぎた。
しかもその後のコメント聞きました?「推しが病んでたらいいと思って」ですよ? 改めて聞き直したら「もし嘔吐シチュをやるなら」みたいな前提があってのことで、好きな人を闇雲に病ませたい訳じゃないのかな?って思うんですがそれにしたって闇が深い。
で、拍車が掛かった状態でのマリカにじさんじ杯。
まぁ以前のソロ練習の時点でアレ?って思ってたんですよ。ゆめお声低くね? ソロだとこんなだっけ? しかもお口ちょっと悪くね? 一人称俺出ちゃってるね?
社長の誕生日合わせの感想文読んだ方はこれまた心あたりがあるかと思います。ゆめお沼でなく社長沼に落ちた理由は、ゆめおの声が高かったから。でもそうじゃなかった。低音いいやん! 真実知っちゃった!(大袈裟)
そしてマリカ杯予選でのやらかし。二次創作を一次に持ち込むなどご法度なのですが、大丈夫?ってマジで思っちゃいました。チャット欄も影響されてましたし同じような声混じってた気がするし。いや喉は同じ物だから同じ声出るのは当然なんですが。なのに最終的にちゃんと結果出すとか有能過ぎる。
さて、これらを受けて私に天啓が奔りました。
「ゆめおが社長を吐かせればいいんだ!」と。
いや何でだよって言いたいと思う。この流れならゆめおが吐く方だろ、ゆめおの方を酔わせろと。
でも駄目なんです、コンセプトは社長を潰すことだったんです。それにサイコパスおも好きなんです。森配信見ましたよね? ああいう男なんです。ゆめおが潰れて社長が看病すると完璧にやって何の面白みも無いんです。
だったら社長の口に指突っ込めばいい。うんうん、なかなかのインパクト。可哀想な話大好きな私もにっこりな苦悶の展開。アレタグ行き? 上等だぁ!
で、ひとつだけ補完しておくと、私の中のゆめおは社長に黒い感情を抱いています。
ここまでのてぇてぇ(?)をぶっ壊すような話ですが、正直純真無垢にいられる筈が無いだろうって。
(ほのぼの好きな人はここで回れ右するか次の段落細目で通過してください)
社長のデビュー時、呑気に司会出来る人なのかなーとか言ってたら初手歌、しかもあのクオリティ。更に推し(みどりさん)に目を付けられ仲間に加えられ一瞬で順応し、気付けばあっと言う間に10万人到達。ボイトレ頼むとか本当は悔しかったのでは?と邪推しちゃうし、幾らファンが後押ししてるとは言え真面目な彼のことだからるじゅえで一緒に歌ったら比較もしちゃうだろうし、最近だとZeppライブ出演決定ときたもんだ。
私だったら1回ぶっ殺したいなと思ってる。そこまでいかずとも何かしらコケないかなって絶対考えてしまう。
勿論ミニライブで笑ってたゆめおが本物だし、プレゼンゆめおだってそれでも前に進む気合いを感じたので、他人を貶めるよりは自分の成長を目指す人なのかなと思います。というかそうじゃなきゃ社長に色々頼まないよねとも思うし。
とにかく、だから今回の話は二次創作。深夜の悪夢に唆されてしまった人の話。ただそれは簡単に消えるものでも切り離せるものではない、そういう意味を込めてGood-byではなくGood nightなのでした。
個人的に弱さと強さを両方持ってる人、惹かれますねぇ、沼の予感がするねぇ! まだ沈んでないよー、なぁに出ようと思えばすぐ出られる(手遅れ)。あとどうでもいいけどゆめおが「ハヤト」って呼ぶのも好き。ついつい多用しちゃう。
そうそう、今回の社長は苦しむのが仕事になってるんで趣味合わない方は本当申し訳無い。
前述の通り強い人が折れるところ好きだからこんな話になりましたが、酔っ払いというワードに色々期待した人は期待外れだったかもしれない。すまねぇ。
ただいつ使うか分からん繋ぎは張っといたから、ゆめおとの話書く時は糧になったらいいなと思います。
今回はこんな感じでしたが他にも色々書いたり作ったりしているからそっちも見てくれたら嬉しいです。
最後に言いたいこととしては、また27歳ランク帯やって欲しいしにじロックが楽しみで夜しか眠れないしSMC組ももうすぐ半年だしすぐにZeppも来るしで、楽しみなことだらけだね!って点です。
また気が向いた時に書きます。社長もゆめおも今後のご活躍をお祈りしてまーす!!
2019/12/23 夕星