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 プロフィール・説明Twitterマシュマロ

最終更新:2020/03/22 21:54

加賀美と夢追がご飯を食べるだけ
とても平和な春のお話
 
※ゆめおが肉を食べます
※フィクションです。二次創作です
※細けぇこたぁいいんだよ精神で見て頂ければ幸い

(注意書きを把握したので続きを読む)

 幸せを具現化するとしたら、どんな物になるだろう。
 山程の金? 絶世の美男美女? いやいや、そんな大それたことじゃない。
 ふわりと香る良い匂い、きっちり箱に収まった料理達、それから満面の笑顔と「いただきます」。
 これだけで俺は、ああ、幸せだなぁと安直に思うのだ。
 
 
 
ゆめおさんちの今日のご飯『花見弁当』
 
 
 
「夢追さん! お花見をしましょう!」
 
 ただいま帰りましたの次の発言は、もしこれが漫画かアニメだったらキラキラのエフェクトと効果音が入っていただろう。
 此処へ至る過程で手洗いうがいを済ませているのは流石だが、スーツを脱ぎもせず真っ直ぐリビングへやって来たと思ったらこの発言である。
 俺は小さく溜息を吐いてソファから立ち上がると、両の拳を握ってフンスフンスと意気込む彼を尻目にキッチンへと向かった。
 
「はいはい、まず着替えて来な。すぐにご飯でいいでしょ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
 
 返事がやたらと元気が良いのは上機嫌な証拠だ。あれは仕事も上手くいったと見える。笑顔が輝くくっそイケメン。これで代表取締役なんだから、神は二物も三物も与える贔屓野郎なんだろう。
 俺、夢追翔は彼、加賀美ハヤトと現在同居をしている。
 と言っても後ろめたかったり秘密の何某かがある訳ではなく、あのおんぼろライブハウスをリフォームする間ハヤトの家に泊めてもらっているだけだ。ただ工事が若干面倒らしく時間が掛かるので単なるお泊まりというよりはルームシェア、というか居候の方が正しいかもしれない。……同棲って言うな、語弊があるかもしれないだろ。日本語難し過ぎるわ。
 最初はハヤトの家の広さや設備の違いにビビり倒してたけど、「自分の家みたいに好きに使っていいですよ」とハヤトが言うもんだからお言葉に甘えさせてもらっている。特にキッチン周り。
 小走りに寝室へと向かったハヤトが戻って来る前に、再度鍋に火を入れる。今日のメニューはシチュー。焦がさないよう注意する横でバゲットも切って、ガーリックパウダーとブラックペッパーとミックスハーブを混ぜたオリーブオイルを塗ってトースターへ。この家、調味料も何でもあるから凄い。何なら塩とか数種類ある。凄い。
 
「……良い香りですねぇ」
 
 チン、とトースターが音を立てる頃、ラフなスウェットに身を包んだハヤトが戻って来た。こちらが何も言わなくても自分で食器を用意したり運んでくれるのは流石だと思う。何処ぞのコアラとか料理下手な女子達は見習って欲しい。
 ただ彼の料理にムラっ気があるのはここ暫くの同居生活で気付いていた。仕事の付き合いなんかで外食することも多いから仕方が無いんだろうけど、俺が来た時は丁度冷蔵庫の中には調味料と酒と貰い物の菓子類しか入っていなかった。
 思わず口から出て来た「泊まらせてもらう代わりに家事やるよ?」という申し出は何度かの問答の末に何とか受け入れられ、今に至る。
 
「何飲む?」
「今日は軽めにしましょう。スパークリングのがありましたよね?」
 
 まぁ気軽にロゼワインとか出て来ちゃうのは流石社長、貰い物のランクも違うって感じるけど、それももうあんまり驚かなくなった。
 それよりも俺が並べたシチュー皿を前にして「わぁ、ブロッコリー良いですねぇ、彩りが良くて」なんて呑気に笑ってる方がある意味精神に良くない。
 こんな、市販のルーを使った誰でも作れる料理如きで喜ばないでほしい。こっちまで嬉しくて気恥ずかしくなってしまう。お世辞ならお世辞だともう少し分かりやすくしてほしい——いや、本当は分かっている。
 これは素だ。全く何も着飾りも取り繕いもしない加賀美ハヤトが目の前に居る。あたしだけがそれを見ている。ときめいちゃう? まさか。
 
「いただきまーす!」
「いただきます」
「……うん、今日も美味しいです」
 
 ダイニングテーブルに向かい合って座り、手を合わせるのも何度目か。
 ハヤトは大抵の物を美味しいと言う。俺の腕が良いのではなく、舌のキャパシティが広いというのが彼の同期からの情報だ。
 つまりゆめおも含む一般人の言う「普通」も彼にとっては「美味しい」に分類されるのだと思う。基本的な感性が間違っている訳ではないのは同じ物を食べていれば分かる。例えば時折ハヤトが貰ってくる品で、ハヤトが「これ滅茶苦茶美味しくないですか?!」と言っていた場合、あたしだったら絶句する。幾らゆめおは司会業が上手と言われても、この安舌とボキャブラリーでは食レポは難しい。
 でもただ無為に日々を過ごすのは嫌だった。今日のシチューにもほんのちょっとだけ工夫はしてみたけど効果の程はどうだろう。
 これ、他の奴に知られたら別の意味で怒られるだろうなぁと骨付きのまま投入してある手羽元肉をスプーンで切って口に運びながら考えていた。肉を食べたら怒られるとか、全く理不尽極まりない。
 でも配信外のハヤトなら咎めないばかりか積極的に食べろと言ってくれるのがありがたい。まぁもし告げ口されたら即刻ここから出てくけどさ。
 
「夢追さん、もしかしてこのお肉、一度焼いてあります?」
「……っ、ああうん」
「良いですねぇ、とっても香ばしくて私好きなやつです。手掴みでいっちゃお」
 
 まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで問われて心臓が跳ねた。ティッシュティッシュ、とワクワクしながら一旦席を立つ様子は小学生男子のようなのに実に目敏い。
 ホワイトシチューにワンアクセント加える為の下拵え。煮る前に鶏肉にしっかり下味と香りと焼き目を付けて、肉汁も閉じ込めて。それだけで食べても美味しそうに出来たけど味が濃いと言われるかもしれない、なんて不安は秒で飛んで行った。
 少々お行儀悪く素手で骨付き肉を持って齧り付いている彼は実に満足げだった。多分プライベートじゃなきゃこんなことはしないだろう、表向きは紳士的で礼儀正しい好青年なのだから。
 でも正直に言えば、俺はこの光景をちょっと期待して食材を選んだ。これまでは自分の食べたい物を好きに作って食べていたけれど、最近は年齢の割に大食漢で呑兵衛な彼に無意識に合わせるようになっている気がする。スーパーで買い物してる時も、ハヤトはこれ好きかなとか、これ食べれるのかなとか、美味しいって言ってくれるかなとかどうしたって考えてしまう。
 そうだ、ハヤトはすぐに何たらが好きとも言う。悪意と同じぐらい、或いはそれ以上に好意が物事を動かすと知っているのだろう。
 そう言えば今日は精肉コーナーで「いっぱい食べる君が好き」って歌詞の曲が流れていたっけか。……いや、あくまで今のハヤトを見ていたら思い出しただけで、この好きっていうのも特別な感情ではなく、好悪どちらかといえばというやつで、深い意味とかは、その。
 
「……夢追さん? どうかしましたか?」
「いや何でもない。それより花見がどうとか言ってなかった?」
「そうでした! 実は夢追さんの家の周辺の桜がそろそろ見頃らしくてですね」
「あー、もうそんな時期か」
 
 全く、罪深い男ね。内心でわざとらしく嗤い飛ばしたあたしの内心など全く気付きもしないかのように、話を戻せばハヤトはティッシュで指や口の周りを拭く。
 横目でカレンダーを見れば確かにもう暦の上では春だ。去年の開花も見事なものだった、けれどライブハウスの天井や壁の穴という穴から花弁が吹き込んで大変な目に遭ったと苦い感情も一緒に思い出す。
 
「なのでご一緒にお花見などしたいなと」
「いいね、あそこなら人も少ないし。あーでも今電気とネット止めてんだよなぁ、配信するならどうにかしないと……」
「……あの」
「どした?」
「でっ、でしたら先に……2人でロケハンというかリハーサルというか、しませんか」
 
 ……ああ、そうか。それが魂胆なのか。
 今度も取り繕って何でもない風に言ってはいるけれど、内心の緊張感やら何やらが垣間見えている。
 こういう所は心底ヘタクソだと思う。大抵はムカつくぐらい上手いことしやがるくせに、時折不意にこういう気弱な部分を覗かせて探りを入れてくるから余計に腹が立つ。
 ああ、でも別にこっちだって本気で怒ってる訳じゃない。オタクが推しに感極まって、一周回ってキレるのと同じヤツだ。加賀美ハヤトの筆頭オタク。ガチ恋勢って言うな、それは多分ちょっと違う。多分。そうだとしてもあくまで冗談の域。
 僕はこれでも多少はまともな大人という自負があるので、呼吸をひとつ置いて本当の感情を押さえ込み、上手いこと受け止めてやった。
 
「ふーん、ハヤトはあたしと2人っきりでデートしたいんだぁ?」
「……認識はご自由に。ただ……夢追さんにはもうひとつ、ちょっとしたお願いがありまして」
「何?」
「……お弁当……作ってもらえないですか?」
 
 びっくりした。びっくりしすぎて、面倒臭い女の演技がてら飲んでいたスパークリングワインを吹き出すところだった。
 俺のおちゃらけに対しスンッと冷めたまでは想定通りだった。だが先程の流れを踏んだ上で、そんなおずおずと、上目遣い気味に言うのは狡い。しかもお弁当って。思わずこちらの演技が剥がれる。
 
「……一応訊くけど、なんで?」
「ごめんなさい、ほんの出来心というか完全に私情なんですけど……夢追さんの料理美味しいから、外で食べたらもっと美味しいだろうなって……」
「…………」
「いやでも大変ですよね! やっぱり大丈夫です、何か途中で買って行きましょう」
 
 狡い。本当にこの男は狡い。
 例えば配信の準備とか企画としての面白さの確認と言われたらまだすんなり納得した。或いはもっと傲慢に頼まれたら逆ギレ芸も出来たし、素直に甘えられたらしょうがないにゃあと洒落のままに返せただろう。
 でもこんな健気で無邪気な私欲を明かされてすぐに撤回されるとか、本人の前でなかったら転がって悶絶していたかもしれない。事実、ぐぬうと下唇を噛んでスプーンを無闇に強く握る。
 これも奴の策略なのか? 誘っているのか? ゆめおのことを弄んでいるのか?
 いいさ、だったらその願い、叶えてやろうじゃないか。でもそれだけじゃ済まさない。こっちの欲望も叶えてもらおう。
 
「……やる」
「えっ?」
「いいよ、作るよ。でもその代わり、ハヤトもな。2人で作って持って行こう」
「はいっ!」
 
 笑顔で即答された。ですよねー。ちょっとは悩まれるかどぎまぎされるかと思ったけど、あちらは俺に対し料理を作るのは何とも思っていないらしい。
 まぁそれもそうか、普通はそうだろう。
 思い上がるなと自分に言い聞かせながら、その後もほのぼのと日程調整などの話を進める。
 そう言えばこれまでの人生でちゃんと花見を楽しんだことなど無かったかもしれないというのは黙っておいた。
 
 
 
 当日、晴れ。
 真っ青な空の下、九分咲きの薄桃色の花が海のように続いている。重箱やら飲み物やら機材やらを大量に担いだ俺達はどちらともなく感嘆を漏らしながらその水面の下を歩み、休工中のライブハウスへと入った。
 事前に手配したから一時的に電気とネット回線は復旧している。ハヤトがアウトドア用のテーブルとマイクのセッティングをしている横で俺はビニールシートを広げていた。その合間、彼が高そうなカメラで桜や現場の写真を撮っている場面にちゃっかりピースと共に紛れ込んでみたりもする。
 ……うん、いやちょっと待って?
 
「これマジでロケハンじゃん」
「だからそうだと言ったじゃないですか」
 
 今更何を言っているのかとモニター用ヘッドホンを首に掛けたハヤトが怪訝な顔をする。
 うん、まぁ、確かにそうだったけど。もう少し下心があって、それを隠す為の言い訳だと思ってた。やけに準備が本格的だと思ってたけど本当にこっちが主目的だったとは。
 
「夢追さん、ちょっと移動しながら何か喋ってください」
「……あめんぼ赤いなあいうえお。浮き藻にエビオも泳いでる」
「小ネタ挟まないでください、笑っちゃうじゃないですか」
 
 正しくはエビオじゃなくて小海老なんだけど、大体の人は2節目以降知らないよね。集音のテストだからって油断しているハヤトが悪い。
 俺がぐるぐる歩き回りながら発声してみたところ、数人ならいいけど大勢だとやっぱりマイクが複数本必要みたいだ。料理を広げることを考えると配置が重要になるだろう。
 それから声が何処まで届くのか、念の為ハヤトに全力で叫んでもらって確認したけど森の中だけあって問題は無さそう。声の届く範囲に民家も人気も無い。声量お化けがあと数人増えるのが気になるけど、いざとなったらエルフの結界でも張ってもらおうかな。そんなこと出来るか知らないけど。
 その後も幾つかチェックと相談をして、不可能ではないけどもうちょっと準備が必要そうという結論を出した。桜は待ってはくれないから急ピッチで進めないといけない。
 ハヤトはまさにこの場で何やら発注や連絡をしていた。ノートパソコンを駆使するその横顔は真剣でとびきり凛々しい。ハヤトのリスナーに見せてやりたい、きっと機材代や顔が良い代とかの名目で赤スパチャが飛んで来るだろう。
 一方のゆめおはと言えば、不要な機材を仕舞った後は食べ物を展開したり割り箸や紙コップを準備するぐらいしか出来ずにいた。でもこれも必要なことだよね。だって予想以上に歩き回ってお腹空いたもん。
 
「……よし、お待たせしました。じゃあ食事にしましょうか」
「はいよー。ってかハヤト、ギリギリまで何作ってたん?」
「あーいえ、大した物じゃないんですよ」
 
 2人で弁当を用意をするにあたり、折角だからメニューは出来るだけ内緒にしようと決めていた。ただ同じキッチンを使うから何となく察せてしまう部分には目を瞑り、1人1つずつの小分けの弁当と言うよりは花見らしく所謂大皿料理な感じにしようという方向性は事前に話していた。
 当日の朝は先に俺がキッチンを使うことになっていたから、取り出したのは熱を要さない料理。ハムとキュウリとか、マヨタマゴとかジャムとか色々な種類のサンドウィッチ。普段はあまり使わないお高めでオサレな野菜を使ったサラダに添えたドレッシングは手作りの品。ドリンクは保温ケトルに入れて来た紅茶(茶葉の選定はハヤト)、更に甘い物好きなハヤトの為にこっそり用意してみた苺のゼリーはまだ保冷バッグの中に潜ませたままにする。
 正直調子に乗った気もするけど、ハヤトがあそこまで言うからには多少は本気を見せなきゃ男が廃るってモンだ。
 一方、ハヤトは見た感じ妙にお高そうな重箱を開けていく。まさか伊勢海老でも入ってるんじゃと若干身構えたが、違う。何か全体的に茶色い。
 
「……これって」
「ごめんなさい、気付いたら肉ばっかりになっちゃいました……でも夢追さん、好きって言ってましたよね」
 
 面積のほぼ全てを占めるのは唐揚げだった。確かに出掛けにやたらと香ばしい匂いがしていて、揚げ物したのかなと思っていたけれど。彩りとして添えられているブロッコリーは昨日の残りかな。
 別の段にはミートボール、タコさんウインナー、卵焼き、プチトマト。企業の代表取締役が作ったにしてはとてつもなく地味で、庶民的で、でも何処か懐かしいラインナップだ。
 いや、そもそも俺が唐揚げ好きって何時言ったっけ。気付かない程自然に口に出ていたのか、何処かの配信で言ったのを聞いていたのかも定かでないけれど、どうしたって期待してしまう。
 いただきますを合図に、各々好きな物に手を伸ばす。ハヤトはジャムサンド、ゆめおは勿論唐揚げ。
 まぁでも今時は市販の専用調味料や揚げ粉もあるし、よっぽど下手じゃなきゃ普通のラインを下回ることは無いだろうけど——
 
「……如何ですか?」
「ムカつくぐらい美味い」
 
 ああそうだ、本当に、腹が立つ程その唐揚げは美味かった。想定してたハードルを軽やかに飛び越えた。
 少し肉が大振りに感じるが深みのある下味が完璧に付いていて、齧り付く度にカラッと揚げられた衣に閉じ込められていた旨味が肉汁として溢れて来る。それでいて脂っこさを感じないのは下処理の上手さもあるが、素材その物の良さもあるだろう。
 昨日の夜、意味深な紙袋が冷蔵庫に入っていたのを見たが恐らくはもうその時には肉が味付け液に浸されていたのだろうし、更に戸棚の手前の方に読めない外国語が記された高級そうな油も置かれていた。そもそも鶏肉自体だって間違っても100g98円ではないと思う。
 彼の作る物はがさつだ、所詮男の料理だと言われることもあるが根本的なポテンシャルが違う。社長という地位だからこそ美味い物を幾つも知っていて、本気を出すとのめり込むタイプだからこそ凝りだすと止めどなく、良い物を作るのだと決めたら細部まで拘る。
 それでいて完璧ではない。ハヤトの右手の甲に昨日は無かった筈の小さな赤い跡が残っていることに今になって気付いてしまった。ゆめおもたまにやるから分かる、揚げてる最中に衣か何かが爆ぜて油が飛んで出来た火傷だろう。見るからに軽傷だから特に指摘もしないけれど、決して彼は天才ではないことを思い知らされる。
 その精神性が、多少がさつでも結果的に良い物が出来る才能が本当に恐ろしくて妬ましくて腹が立って、尊敬して憧れて愛おしくて感嘆する。
 ああくそ、何だこれ。
 せめて相手にこの感情を気付かれないよう眉を顰めながら咀嚼していたら、ハヤトの表情もどんどん不安げで泣きそうなものに変わっていった。……これはこれでちょっと面白いな。
 
「あの……えっと、それは……褒めてるんです、か?」
「褒めてる。美味過ぎて腹が立つ」
「それって、どういう……」
「毎日でも食べたい。もうあたしが作らなくてもよくね?」
「それは困ります、私はこういうの長続きしないので。夢追さんの料理、本当に助かってるんですよ」
「またまたそんなこと……えっ何これ味違う……?」
「あ、言い忘れてましたがこっちから半分はカレー風味にしてます。ずっと同じだと飽きるかなと思って」
「そういうとこやぞ加賀美ハヤト!」
「えぇ……?」
 
 もう1個、と手を伸ばしたらまた気遣いの暴力を食らった。この分だとミートボールや卵焼きにも何かが入っているんだろう。
 善意0で面白100がポリシーで、今回についても自分が食べたい物を作っただけかもしれないけれど、ほんのちょっと期待する。
 好きを憶えていてくれた。それを汲んでくれた。そんなとても些細なことで、ちょろいこの身は絆される。
 困惑していてもこっちが本気で不機嫌になった訳ではないと察したか、徐々に目尻が下がっていく。
 あたしの作ったサンドウィッチやサラダを頬張って負けじとどれだけ美味いか食レポしてくるその掛け合いが、楽しくて嬉しくて仕方無い。不意に漏れるその笑い声が心地良くて、いつまでだって聞いていたくなる。
 誰かと共に食事をするのは楽しいことなのだと、これが幸せというものなのだと、彼を、花を、空を感じながら思う。
 
「……はは、やっぱり良いですねぇこういうの。皆さんにもお料理持ち寄ってもらいましょうか」
「呼ぶのっていつメンでいいの?」
「そうですね、社さんとチャイカさんと緑仙さんと……あと、葉加瀬さんと夜見さんをお呼びしても?」
「いいよ。でもだったらいっそ3人でやってもいいんじゃない? 3人共同期大好きだし、大人連中邪魔じゃね?」
「ああ、SMCのコラボは近々それはそれでやるので……」
「マジかよさっすがー」
「夢追さんもしばさんとか白百合さん……は流石にオフじゃ無理か」
「君、怖いこと言うねぇ?!」
 
 うん、そういう幸せのシェアは今はいいかな!
 ただでさえ大人数は大変なのに、可燃物の投入は流石に防がねばならない。すみませんとケラケラ笑う様子に悪びれた様子は無いけど、まぁこいつはその辺の線引きが分かっている方だから冗談のつもりなんだろう。でもそれを聞き止めた誰かが作為的にてぇてぇを生もうとする可能性が否定出来ない以上、警戒はせねばなるまい。
 いや、この状況も充分てぇてぇか。緑仙に知られたら2人だけで面白いことをするなとまた怒られそうだけど、多分これは単なる企画ともその準備ともちょっと違う。
 日常の延長線上だけど少しだけ特別な日。これを何と呼ぶべきか、シンガーソングライターらしく考えてみる。
 そんな最中に何故かサイド部分を削ぎ落とされたタコさんウインナーを頬張ったら、隣で「あ」と小さく声が漏れた。
 
「何?」
「今の、袖無しのつもりで作ったんですが……共食いだなって」
「いやそう言うならそもそも此処に入れるのおかしいでしょ! それともハヤトが自分で食べる気だったの?!」
「ははは、あーまぁ……どっちにしろ大分サイコパスですね」
「気付くのが遅い! 気付くのが遅いねそれ!」
 
 あまりに謎の仕込みに全力でツッコミを入れていたから、直前に考えていたことが飛んだしハヤトが何を言い淀んだのか気付くことも無かった。
 ただこうして、明日も明後日も、ギャンギャン言い合いながら日々を過ごしていくのだろう。少しずつ何かが変わりながら、共に暮らしていくのだろう。
 ドラマチックな展開など要らない。そう思っていても、えてして地獄は向こうから勝手に来るものだけど、それまでは。
 
「——また来ましょうね」
「……? 来るでしょ、来週辺りに」
「あ、いえ……ええ、はい。そうですね」
「……。……それから、また来年も」
「……! はいっ……!」
 
 このややこしくて、もだもだとしていて、それでいて春の陽だまりのように心地良い幸せを味わっていたいと思った。

小説ゆめおさんちの今日のご飯夢追翔

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